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March 2004

2004.03.30

佐藤亜紀:でも私は幽霊が怖い

【2004年3月30日読了 書籍 四谷ラウンド】

オイラはめちゃくちゃ後悔している。
なんで!オイラ、佐藤亜紀さんのエッセイ集(主に四谷ラウンド刊)全部購入しておかなかったんだろう!!!

それは今からン年前…当時オイラがつきあっていた人からいわれた一言が今思えばネックになったんだと思う。

いわく「雑誌で佐藤亜紀のエッセイを読んだんだけど、第三者をけなしてばかりで不快だった」。

その時、オイラは別な作家で、作品自体はすごく好きだけどあとがきが阿呆すぎて、毎回そのギャップに違和感を感じていた(個人的にその別な作家のあとがきは作品にとってはマイナスでしかなかったと思う)、そのことを思い出し、うかつにも佐藤亜紀さんに対してもその例を当てはめてしまったのである。

「そうか。佐藤亜紀のエッセイは読まない方がいいんだな」と。

あああ、、、オイラのバカバカバカ。
その後間を置いて、ある本屋でこの「でも私は幽霊が怖い」と「陽気な黙示録」(ほかにも数冊エッセイがあった)を見つけて購入はしたものの、なんとなく全部を購入することをためらったのも、四谷ラウンドが倒産してしまった時も(がががががーーーーーん)「お金ないんだよねぇ〜」といういいわけの元に、やっぱり購入をためらったのも、佐藤亜紀さんのHPの雑文をなんとなーーーーく読まずに来ていたのも、なんだかんだいって、前述の一言がひっかかっていたんだと、今のオイラは思う次第。。

そしてこの本を読んで、オイラの、周りの意見に左右されてしまう日和見性格を大いに恨むことに…(とほほほほほ…)。
確かに佐藤亜紀さんのエッセイは端的で辛辣である。
でもその後ろにはなんだかうまく言えないけど、「はっきり云う事」に対してのおとしまえをつける決意のようなものをひしひしと感じるのだ。
そこにオイラは佐藤亜紀の「誠意」をすごく感じ、不快を感じる事なく読む事が出来た。
もちろん、彼女が発する意見見解すべてに対して是とはいわない。
でも、その意見にいたる過程と理論については納得することができる。
そういう瞬間はオイラにとって、とても至福の瞬間でもある。

それに、誤解を招かないような単語や語句や文章の使い方には正直舌を巻く。やっぱり文章力のある人なんだなぁと改めて感じた。

あああああーーーーーつくづく…なんで買わなかったんだろう。。。

とりあえず、
「検察側の論告」四谷ラウンド刊
「ブーイングの作法」四谷ラウンド刊
「皆殺しブックレビュー」四谷ラウンド刊
「略奪美術館」平凡社刊
「中学生の教科書」四谷ラウンド刊
これらの本を熱烈捜索中です(笑)←かなり本気…!

+++

ちなみに、この後Amazonのマーケットプレイスのおかげで、「中学生の教科書」以外全部入手する事が出来ました!(もちろん次々と読了!)至福の時でした‥よかったよかった★
【2004年12月記】

2004.03.24

平野啓一郎:日蝕

【2004年3月23日読了 書籍 新潮社】

15日に読了した「鏡の影」に引き続いて数年越しにやっと読了できました。
オイラが最初にこの本に興味を抱いたのは、最年少(当時)の芥川賞受賞というよりも、選考委員の評のわけのわからなさにあった(失笑)。
ここに詳しい評の内容を保存していないのが、とても申し訳ない…。。
なのでオイラのおぼろげな記憶によるしかないんだけど…。
評を一読して思ったのは「選考委員はなんでこの作品を選んだのかが自分でもわかってないのではないか?」ということだった。描かれている内容については「理解することができない」。「よくわからない」(あくまでもオイラの記憶だが)でも「若いのに文章がすごい」ので「こりゃ受賞させなくちゃだめだよね!」ということで受賞したのかな。という事くらいしかわからない。

もちろん、この本の内容については「どうやら西洋のキリスト教がらみの内容らしい」としかオイラには分からなかった。
これじゃあ「いったいこの「日蝕」ってどんな内容なんだよ!?」と思うじゃないか?
一番読んでて納得できたのは、美容院で読んだ雑誌に掲載されていた平野氏自身のインタビュー記事だった。

でも購入までしたのは、やはり、数年ぶりに(当時)書店で発見、購入した佐藤亜紀さんの「鏡の影」(ビレッジセンター刊)の存在があったのは間違いない。
この「鏡の影」は当初新潮社にて書籍として発売していたようだ。
しかし、この「日蝕」が芥川賞に選考されてた前後に絶版扱いとなる。
そのいきさつの中で、佐藤亜紀さんは他の作品である「バルタザールの遍歴」「戦争の法」の版権も、新潮社から引き上げてしまう事になったようだ。
なぜこんな事になってしまったのか?
HPにもいきさつが掲載されている様だったが、オイラは、そういう周辺の事情を知る前に、まず、本を読みたいと思った。
「鏡の影」、そして「日蝕」を実際自分で読んでみないとナニも言えないし、そして情報を知る権利もないような気がしたからだ。
しかし、その決意が結実するのに数年かかってしまったのは…我ながら失笑ものだけどね(苦笑)。

そして今日。2冊読み終わって思う事。
「日蝕」の感想から。
この作品は15世紀のパリーイタリアが舞台になる。宗教を学ぶひとりの学徒が錬金術の果てにある奇蹟を求める内容である。
その具体的な内容、顛末についてはオイラとしてはとりわけて驚愕した内容ではなかったです(「あれはいったいなんだったんだろう??」と謎に思うこともあるけどね。でもそれは学徒である語り手にも謎なので、それはそのままになってしまうんでしょう…)。
しかし、特筆するなら。平野氏のその文章が一番驚いたといえば驚いたかも!
ためしに本文の一部を引用したいと思います。
…これが当時(1998年初版なのでその数年前執筆と考えた方がいいよね)22-3才の若者が書いたと思って読んでみてください。

「これより私は、或る個人的な回想を録(しる)そうと思っている。これは或いは告白と云っても好い。そして、告白であるが上は、私は基督(キリスト)者として断じて偽らず、唯真実のみを語ると云うことを始めに神の御名に於て誓って置きたい。誓いを此処に明(あきらか)にすることには二つの意義が有る。一つは、これを読む者に対するそれである。人は頗(すこぶ)る異常な書に対して、径(ただ)ちに疑(うたがい)を挿(はさ)むであろう。私はこれを咎めない。如何に好意的に読んでみたとて、この書は所謂、信を置く能わざる類(たぐい)のものだからである。多言を費して無理にも信ぜしめむとすれば、人は仍(なお)その疑を深めゆく許(ばか)りであろう。然(しか)るが故に、私は唯、神に真実を誓うと云う一言を添えて置くのである。…」

なんじゃこの文章は!?とオイラはびびりました。
ルビをふってくれないと読めない漢字が思いも寄らない場所にばんばん出てくる(笑)。
…オイラは文脈から適当に読んでましたけどね(失笑)。確かに、15世紀に生きている人間の回顧録という体裁なんだから、文章が口語体では格好はつかないよなとは思うけどね。
…でも、まぁオイラとしては20そこそこの若者がこういう文を書いたのか??と思うとやっぱり驚いたわけです(これが、ある程度の年令のいった人が書いてたらこんなに驚かなかったと思う…)。
そして、、平野さんには申し訳ないなぁと思いつつも、(確かに力のある人なんだろうなと思ったしね)この「若さ」と「文章」のギャップが、選考委員の心をがっちりと掴んだんだろうなと思うわけです。
(そう思うと、冒頭で書いたわけのわからない選考委員の評はすごくまっとうだったんだろうなと思うのね…(笑))
こうして納得したオイラ。
ただ彼の作品をこの後も書籍で読みたいか?というと…そうでもないな…。読むとするなら文庫でかなぁ…(ヲイ)。

そして佐藤亜紀さんの「鏡の影」(新潮社からは1993年初版で書籍出版)との関係(?)については…確かに舞台設定といい錬金術絡みの、奇蹟への追求という筋立てとテーマは同一のものではあるけれども、、多分、同一社である分、平野氏がこの作品を目にする機会の可能性もあるだろうし、そしてインスパイアーを受けた可能性もあるだろうと想像できる程度の一致…明らかな「ぱくり」は目にする事もないわけで…。

オイラが一番納得できないのが、「なぜ「鏡の影」を絶版にしてしまったのか?」という事につきる。

下世話な目線から見たら、「芥川賞を受賞できるかもしれない自社出版の作品の傷になりそうな存在は排除しよう」という出版社側のあさはかとしかいいようがない意識を感じてしまう。
そして、多分、問題はこの一点につきるんだろうなとも思う。

オイラはただ、平野氏もそして当然佐藤亜紀さんもこんなふんどしの小さいバカバカしい問題に足を引っ張られないように、創作活動を続けて、作品を提供してほしいと切に思ったのでした。
特に!当時執筆途中の伝記「メッテルニヒの仕事」400枚(以上?)を廃棄してしまった事は…読者としては悶絶ものでした…(涙)。あうううう…いつか、読める事を祈りつつ…。

(平野氏の「日蝕」の純粋な感想じゃなくてごめんなさい。でもどうしても抜いて考えられないのよ〜〜)

2004.03.20

佐藤亜紀:鏡の影

【2004年3月15日読了 書籍 ビレッジセンター】

オイラは佐藤亜紀の熱心な読者か?というと必ずしもそうとはいえない。
なぜなら、佐藤亜紀さんの存在を知った「バルタザールの遍歴」はすでに文庫になっており、その後「戦争の法」も文庫に。書籍として発売していた頃には全く手にすることはなかったからである。
なので、この「鏡の影」がはじめて手にする書籍だった。
…といってもビレッジセンターから復刊されたものだけどね。

この書籍の帯がまたすごかった。「見えない力で絶版にされた文壇・出版界騒然の問題作を完全復刊」…なんだこりゃ??(笑)。

2000年当時冒頭を読んで一度中断していたこの作品。
去年の暮れから京極漬けのオイラが、京極夏彦の妖怪小説を一通り読了し(ホントは中公社から出てる「覗き小平次」を読もうと思ったんだけど、見当たらなかった(失笑))、次はナニをよもうかな…と本棚を見てみたら、、ふとこの「鏡の影」がオイラを呼んでいた…(笑)


内容は16世紀のドイツを舞台にした異端を巡る物語なのですが、「バルタザール〜」と「戦争の法」などなどを読んだ事のある人は、佐藤さんの芳醇な(としかいいようがない)文章に悶絶する事うけあい。読書中アドレナリンでまくり、興奮しまくり、「本を読む」快感に思う様酔った一冊でした。

そして読み終わった後、この作品が復刊してくれてほんとーーーーーーーに良かった!!
絶版したまま、この作品を読む事ができなかったら……オイラにとって多大なる損失だったと思う。
ありがとう!ビレッジセンター!!(涙)

しかし、現在ビレッジセンター版の書籍も絶版となり、書店にて入手できるのはブッキングより出版されている書籍(新書?)版。「戦争の法」もブッキングから復刊してます。「バルタザールの遍歴」は文春文庫から復刊されてるみたい。興味のある人はぜひぜひぜひ!一読してほしいです。そして佐藤亜紀さんの描く世界に酔いしれてほしいです。

余談:ビレッジセンター版には、後に評論家小谷真理の解読「盗まれた知恵の果実」が収録されてたんだけど(これは一読の価値あり!)ブッキング版に収録されてるのかなぁ……。

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