太宰治:二十世紀旗手
【2001年4月8日読了 文庫 新潮社・新潮文庫】
何とかかんとか。ほぼ一ヶ月かかって読了しましたん。やっぱり遠出すると本読めるよね。
全体的には、ちょっと読むのが辛い内容が多かったかなぁ。
内容的には「狂言の神」「虚構の春」「雌に就いて」「創生記」「喝采」「二十世紀旗手」「HUMAN LOST」の7編が収録されている。
太宰といえば自殺未遂、薬物中毒により脳病院(精神病院だったっけ?)入院といった醜聞がつい先に立ってしまう人だけれども、それらの出来事について太宰の自己内省が綴られているものが多いように思われれる。特に「HUMAN LOST」はなんだかものすごくやりきれないな〜と思った。
そんな中で「虚構の春」の、太宰宛に届いたいろいろな手紙をただただ羅列している(実際にそうなのかどうなのかは謎。そういう体裁をとった創作であって実録と言い切れないと思う)短編がオイラには印象深かった。
いろいろな相手からの文章。
故郷の知り合いから恩師から編集部からそして読者からの手紙。
特に読者からの手紙は‥う〜ん。
なんだか本人の熱いせっぱつまった想いは判るんだけど、なんだかあてつけがましくって、すごくストレスを感じてしまった‥。
そういえば夏目漱石も、あつかましい読者からの往復書簡でストレスためてたなぁ〜なんて思い出したり。同時にその時代の「作家」と「読者」の距離の近さなんかも新鮮だったなぁ。
でもなんだか「作家」の哀しさも感じてしまった。その読者をむげにすれば恨まれて。ちゃんと対応すれば軽んじられる。なんだか周囲の人間のいい加減な尺度みたいなものを感じてしまった。うむ〜。
あ。オイラ個人的に好きだな〜と思ったフレーズ。
「雌に就いて」の、226事件のあった晩に、「私」と「客人」が女の寝巻きについて話をしているんだけれども。
その中で、私が「いや、洗いたての、男の浴衣だ。荒い棒縞で、帯は、おなじ布地の細紐。柔道着のように、前結びだ。あの、宿屋の浴衣だな。あんなのがいいのだ。すこし、少年を感じさせるような、そんな女がいいのかしら。」という言葉がなんだかすごく「いいな〜」と思ってしまった。
自分でもなぜだろう??
全体的に辛いけれども。それでも太宰の文章には重力が半分くらいにしか感じられない。
文章が簡単とか吟味していないという意味じゃなくて。読んでて浮力を感じるんだよね。
オイラが思う所の太宰のすごさは、そこにあるような気がする。
それは表現している内容とは関係ない所ではあるけれども。
それは「新しさ」にもあてはまりそうな気がする(この場合の対象として夏目漱石等)。
そして、だからこそ、オイラは太宰の本を現在読みあさっているんだろうなぁ。きっと。
【2001年4月8日記】
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