随筆・エッセイ

2007.05.06

千石涼太郎:なまら北海道だべさ!

なまら北海道だべさ!! (双葉文庫)

【2007年5月6日読了 文庫 双葉文庫 双葉社】

GWにいった札幌の本屋で見かけて、ぱらりと読んであまりにも可笑しくって購入してしまった!(笑)
で、そのまま一気に読んでしまったわ〜(笑)。
笙野頼子の『笙野頼子三冠小説集』読みかけなのに。

北海道生まれの著者が、北海道「では」ごく普通に行われている物事だけども、道外(内地だね(笑))の人から見ると「…なにそれ…」なものを、端的に紹介してるこの本。
「そうそう!」「うんうん!」と頷く事から、「…え、こういうことあるんか…??」とホッカイダー(←これは、オイラが個人的に使ってる言葉。「道産子」ってなんか言いにくくてさー)でもびっくりすることもあったりして、一気に読んでしまいました。

オイラなんかには、「ろうそくだせ、だーせよ」といって子供達が家々を回る、まるでハロウィンみたいな習慣は初耳!!!
…これは以前北海道ローカル深夜TV番組「おにぎりあたためますか」で、大泉やシゲ、マミちゃんが話してるのを聞いてびっくりしたんだけどね。。
ジャンケンの時のかけごえにも、地域差があって(オイラのところは「じゃんけんしょっ」か「じゃんけんぽい」かなー。。後チョキはチョコレート、パーはパイナップル、グーはグスベリで遊んでました。グスベリ…遊んでてお腹空いたら、町内の庭先からちょっと拝借してたしね(爆笑))、「そ、そうなんだぁ…」。。とおどろいたり…。

著者の千石涼太郎は途中親の転勤で北海道を離れてしまったそうで、なんとなく、「北海道に対する憧憬」が、文の節々に感じられるのが、長所でもあり短所でもあるような。でも、だからこそ、一般的な「北海道人」のイメージよりつっこんだ内容を書けるんだろうなぁ。と思います。
北海道しか知らない人には気付かない、そして北海道外に住んでいる人には想像つかない、そんなホッカイダーの姿を紹介できるんだろうね。

興味のある人は読んで、驚いたり、笑ったり、うんうんと納得したりしてみてください。

…ところで、タイトルの「なまら北海道だべさ」の「なまら」と「だべさ」……。
とんと、オイラは使わない言葉だったりします(笑)。「〜っしょ」「〜っしょ?」は使うんだけどね〜。北海道入植4代目の田舎モノホッカイダーでも、使わない方言があるのだなぁ〜(笑)。
ふっふっふっ

2007.04.09

笙野頼子・松浦理英子:おカルトお毒味定食

Okarutoteisyoku

おカルトお毒味定食 (河出文庫―文芸コレクション)

【2007年4月9日読了 書籍 河出書房新社】
ジャンルは随筆・エッセイにしたけど、正しくは「交友録・対談集」だよね。
すいません、ジャンル設定してなくて(汗)。

昨晩(というか深夜か(汗))『S倉迷妄通信』を読み終わって、ちょっと気分を変えて読んでみました。実は古本をA@azonから購入。。。
小説と違って、お二人のナマの語りなのでするするする。と読めてしまいました。
んー、『徹底抗戦!文士の森』内の対談や、『現代思想』の対談を読んでて思った事だけど、改めて、笙野頼子って、頭イイよなぁー!文章だけじゃないんだなぁ。この言葉の構成力。。。
それと松浦理英子も好印象でした。
むかーし、『ナチュラルウーマン』を読んだ時に、なんかダメージ受けまして(んーナマナマしかったのかなぁ…)「あまりこの人の本は読まない方がいいかなぁ」と思って敬遠してたんです。
それでも『親指Pの修行時代』は気になっていて、最近決意をして文庫(新装版だね)を購入したんだけど、やっぱりグズグズ読まずにいたりして。。。
この本読んで、「『親指Pの修行時代』読んでみようよ」と背中を押された感じがします。

『ナチュラルウーマン』ももいっかい読み直してみようか。なっと。

ナチュラル・ウーマン (河出文庫)

親指Pの修業時代 上 (河出文庫)

親指Pの修業時代 下 (河出文庫)

2007.03.08

梨木香歩:春になったら苺を摘みに

Ichigowotumini_bunko  
春になったら苺を摘みに (新潮文庫)

【2007年3月8日読了 文庫 新潮社 新潮文庫】
今から3年前の2004年2月26日(時期も似た様な頃だったのね!)に書籍で一度読んでたけれども、文庫版用の書き下ろしを読んでみたくて、文庫を購入。
「せっかくだから、書き下ろしだけじゃなくて、最初からちゃんと読もう」
と思って読んだわけですが。

うーーーー(絶句)。
大人になって3年なんてあっという間だと思ったけど、3年前の自分と今の自分には、それなりにいろんな経験をしてるのだなぁ…と思いました(やっぱり「想像力」は大切だね…相手を思い遣る…自分の行動の影響を思う…時間も空間も皮膚感覚では接する事ができない対象、存在に対して接近する事ができるのは「想像力」だと改めて思います。その為にあらゆる立場状況からの情報は必要だとは思うけどね)。

この本は、梨木香歩が若い頃(二十年程前)渡英した時にお世話になった下宿の女主人ウェイト夫人との出合いと交流を軸にしたエッセイと言えるけど、二十数年という時間がもたらす、経験と思考の醸造と熟成をすごく感じる内容で、3年前は、梨木香歩が自分の考える、感じる事を正確に言葉に表そうとしている様が、読みにくく(その都度読むテンポが停滞する感覚)感じて梨木の訴える事が薄皮一枚向こうから感じるようなもどかしさみたいなものがあった訳ですが、今回はそれが、まーーー…ダイレクトに響く響く!! 何度も何度も胸をつかれてしまいました。改めて梨木香歩が何に心に懸けているか、感じる事ができました。
(もう一つ3年前の自分と今の自分の違いは…というと、梨木香歩の作品・著作に接してるか否かということ。3年前梨木香歩の作品は『裏庭』を友達Nから貸してもらって読んだだけ。そして今は、エッセイ・著作のほとんどを読了していて、梨木香歩の立ち位置というか、物事に対する姿勢を了解している事。こうして改めてこの『春になったら〜』に戻った時に、より深く感じる事ができたのかもしれないなぁと思います)
文庫、購入してよかったわん。◎花丸〜v

余談:他の作品だけど『からくりからくさ』を読んだ時に、うすうす勘付いていた自分の嗜好に気付かされました!!…糸紡ぎ、機織り、…たぶん羊毛だね…がすごくすごく好きなんだと!!(笑)

元々洋裁よりも編み物が好き(これはきっと祖母の影響だね。子供の頃、毎年祖母は祖父の空色の毛糸のチョッキを編み直していました。そうすると毛糸の傷みが一ケ所に集中しなくてすむそうな。祖母の見まねで棒針編みを覚えたので、持ち方や毛糸の裁き方は変です)だったんだけど、これが、一つに繋がった!!!っていう感じです。一枚の布を切ったり裂いたりしてしまうより、一本の毛糸を編み上げてゆく方が好きなんだよね…。暇を見て糸紡ぎや機織りやってみたいなぁ。

2007.02.25

安野モヨコ:美人画報ワンダー

Bijin_wander
美人画報ワンダー (講談社文庫)


【2007年2月25日読了 文庫 講談社 講談社文庫】
実は、笙野頼子の『初期作品集1 極楽』を読んでいる所なんだけど、たまたま、ひょいっと読み始めてしまった『美人画報ワンダー』。互い違いに2冊を読んでいたんだけど、こっちが先に終わってしまいました(笑)。(いや、厚さからいったら、当たり前かもしれない(汗))

「VOCE」誌で連載してたエッセイの三冊目&最終巻の文庫版。
相変わらず、体当たりで真面目で正直な、へなちょこエッセイに、笑ったり感心したり共感したり涙したり…面白かったです〜。
ちょうど、結婚した頃でもあって、さりげなく「夫」とか「彼」とかって書いてるのを見るたびに、脳裏に『監督不行届』の中のシーンが浮かんで、にんまりしちゃった(笑)。
そして、漫画(オイラは『さくらん』でハマって『働きマン』とかを愛読してる感じ)を読んでいて、なんとなく、感じていた「安野モヨコってこんな考えもってるのかなぁ〜」という想像が、あまり的外れじゃないなということも、『ワンダー』を読んでて感じました。
同世代(つーか、学年一緒じゃっ!)なせいか、目くじらたてる所とかにも「そうそうっ!」と思っちゃうし(笑)。

漫画ってすげー大変だけど(手作業だから…(遠い目)安野さんって特にデジタル使ってないし)、面白くて目が離せない作品を産み出していってほしいです〜!!
身体だけは壊さないでね。

あ、一つ『ワンダー』読んでて辛かったのが、文章と註イラストがページ違ってた事(苦笑)。しかたないっちゃしかたないんだけど、読んでてつかれちゃった(笑)。

2007.02.09

笙野頼子:徹底抗戦!文士の森

Bunsinomori
徹底抗戦!文士の森


【2007年2月9日読了 副題「実録純文学闘争十四年史」書籍 河出書房新社】

2004.12.12

村上春樹/安西水丸:象工場のハッピーエンド

【2002年7月25日読了 文庫 新潮社・新潮文庫】

最初のページを見たときに「え」と思った。
普通の文章ばっかりの本を想像していたら、本当にびっくりしてしまう。
安西水丸さんのイラスト、イラスト、イラスト。
それも子供の頃に垣間見た、50年代〜60年代の「アメリカ」を連想する様な、しゃれていて、それでいて片意地の張らないイラスト。
(でも書かれているアイテムは、森永のキャラメルだったりするんだけど)
村上春樹のショートショート(エッセイというよりなんかこういう感じがするなぁ)も、一遍一遍、レイアウトや文字のフォントやポイントが変わっていて、そのショートショートそれぞれの内容も全部関連ないし。
そして、安西さんのイラストとの関係も、「関係ない?」と思って見てると‥「いや、そうでもないかもしれない‥」と勘ぐってしまう程度に関わっていそうで、「読む」というより「見る」という感覚に溢れた一冊でした(村上の作品を読んで、イラストを描いたのかどうかは、巻末の対談で判明します♪)。
うん。楽しかった。
個人的にはこれは「文庫」の体裁より「書籍」の体裁のものが見たかったな〜などと思ったけど、残念ながらオイラが「村上春樹」を認知した時には、文庫のものしか手短な書店にはなかったのでした。
でもきっとこの本の書籍版は、おしゃれで、でも手にした人が構えずに楽しめそうな本じゃなかろうか。 と想像してみたくなったりして。

そういえば一カ所、面白くて思わず声を上げて笑ってしまった所があったんだけど、ラストの落ちを見て、残念だーと思ってしまった。本当だったら、ものすごくすてきでかわいいエピソードだったのにな。そのエピソードが、この世界のどこかで本当に存在していたら、こんなにすてきな事はないと思ったのだ。それくらいかわいかったな〜(オイラの中では)。
でも、オイラの中ではそう思っていよう(笑)。
【2002年7月25日記】

村上春樹/安西水丸:ランゲルハンス島の午後

【2002年7月29日読了 文庫 新潮社・新潮文庫】

これも安西水丸さんと組んで女性誌に連載したもの。
薄いながら、前ページフルカラーで、安西さんのイラストもふんだんに盛り込まれてて見ていて楽しいおしゃれな一冊でした。
でも、「象工場〜」とは趣きが違うよね。こっちはやっぱり「女性誌」で掲載されていたなぁという雰囲気が漂っている。
でも、「村上朝日堂はいほー!」に感じた不快感はないね。
詳しい年代順は判らないけど、多分こっちの方が新しいんじゃないかな?
なんというか、「どの程度自分の考えを書くと不快にならないか」という「こつ」みたいなのを感じられる(まぁ、字数の問題もあるだろうけどね(笑))。
それと安西さんと一緒の本って、村上のエッセイの文章も楽しそうな感じがするな。
たとえば、一人の場合を「ひとりごと」とすると、安西さんとの共作の場合は「近しい友達に話を聞かせる」という感じがする。具体的に「受け取る側」がいる事によって、文章がリラックスして踊っているような感じがするのはなんでかなぁ〜。
安西さんのイラストも、村上の文章の内容と「一見関係なさそう」で「でも文章のイメージを広げていく」不思議な力を感じる。この一連の共作を目にするまで、安西さんのイラストをちゃんと見た事がなかったんだけど、しみじみ、「すごいなぁ」と思ってしまった。
【2002年7月30日記】

村上春樹/安西水丸:村上朝日堂

【2002年7月28日読了 文庫 新潮社・新潮文庫】

「村上朝日堂 はいほー!」では、自分的に「いまいち」だったので、内心不安になりながらも読み始めてちょっとほっとしたのが正直な所。
この本も、村上のエッセイに安西さんがカットを書いたエッセイ集なんだけど、一番「はいほー!」と違ったのが、「一つのエッセイのページ数が短い!!」
見開き2ページ(その内の4分の1が安西さんのカットスペース)で終わってしまうのだ。
そのせいか、あまり物事を深く掘り下げて書かれていない(それでも端的な表現でぴしっと主張されているのだから、さすがだな〜と思う)分、読みやすく私には思われた。

読了。確かに楽しく、楽しく読めました。ごちそうさまでした。
【2002年8月2日記】

村上春樹/安西水丸:夜のくもざる

【2002年7月30日読了 文庫 新潮社・新潮文庫】

や。面白かった。
でもそれだけじゃしょうがないので(笑)、
「どこをどう面白かったのか!?」と考えてみた。

安西さんと組んで作られた本は、村上の文章と安西さんの絵との関係が面白いのが魅力なんだけど、今回は、まぁ驚くぐらい、たくさんの、村上の「創作短編」がポイントだと思う(エッセイにあらず。というのがすごいと思った)。
そしてこれがまた荒唐無稽なわけですよ(笑)。
だってタイトルからして「夜のくもざる」って何?って思うでしょう?
少なくともオイラは「くもざる」っていう名称の物体が何なのかはわからなかった。
「くも」と「さる」から連想するものはあったけどね。
でもそれが「くもざる」となると「なんじゃそりゃ」だったし、それが「夜の」だって‥(笑)。
そんなの想像出来ないじゃないっすか。
でも、本の中では、ちゃんと息づいているんだよね。
そして安西さんのイラストが絶妙な隠し味を与えていて楽しいの一言。
見ても読んでも楽しかった一冊でした。

で、読んでみて、前述の「くもざる」をはじめとする謎の物体は、「これは何か?」と追求するものではないみたい。
「くもざる」は単なる名称というか記号というか、「しるし」でしかない。
その「くもざる」が本当にいるのかどうかとか、その生態はどんなものなのかとか、そいういう事を論じる(または考える)必要はないわけで。
だから毎晩自分たちを襲っては、香取線香で撃退されたり、フリオ・イグレシアスの「ビギン・ザ・ビギン」に撃退されたりするのが「海亀」であっても、地下鉄銀座線で「大猿」が跳梁しても、「アンチテーゼ狩り」をしにボルチアに行ってしまっても、「何訳の分からないことを!」と怒らずに、この記号ともいえる「しるし」が起こす、飛躍とアンバランスさを楽しめばいいのだと思う。
村上って結構こういう作品を扱うのも上手いよなぁ〜。

最近、江國香織もこういう作品を書いているけれども(『とっておき作品集』など)、まだ江國自身そこに自分なりの理由とか法則づけが出来てないみたいで、読んでいてもあまり面白いとは思えなかった。もう少しこなれたら面白いのかもしれないけどねぇ。うむ。
【2002年8月20日記】

村上春樹/安西水丸:村上朝日堂はいかにして鍛えられたか

【2002年8月2日読了 文庫 新潮社・新潮文庫】

(ちなみにこのパソコン(PB2400/ATOK12)の「むらかみあさひどう」の第一変換は「村上朝非道」になる(笑)。おかしいので紹介する)
 
「週刊朝日」で再連載されたエッセイをまとめた一冊。
オイラの方で、村上のこの手のエッセイに慣れてきたせいか、「はいほー!」の時のような不快感はほとんどなかった。
「裸で家事をする主婦がどれだけいるのか(全裸家事主婦クラブ通信)」とか「ラブホテルのおもしろ名称」とか「飛ぶ夢どんな感じで見ますか?(空中浮遊クラブ通信)」とか読者の意見が反映され、続報があったものも、そういう読者参加という展開も面白く、もちろん内容もおかしくて、いやー。楽しかったです。

そういえば、当然この本は村上春樹自身の考えとか傾向とかが表記されているわけだけど、もちろんそれに対して読み手である自分は、村上のそれと違っていて当然なのだよなぁと改めて考えたりもした。

例えば、私は映画館で映画を観た時は、エンドマークまで座って観て会場が明るくなってから帰るのが好きだし(結構口外してるので知ってる知り合いも多いが、つくづく私は「映画館」という場所が好きみたいなんですな。広くて暗くてほどよいクッションの座席(おそまつな所もあるけど)で「映画を観る」だけの、あの空間が。なので映画の内容とは関係なく、ぎりぎりまでその場を味わっていたいと思うからなんだろうなぁ〜と自己分析。ビデオで映画観るのってあんまり好きじゃないんっす‥。レンタルは期限付きなのでなおイヤ(笑))、でも総入れ替え制の最近の劇場はガッテム!だし(笑)。
最近単館ばっかりでこれまた楽しくないし(笑)。
結構二本立てって、見ようと思った映画より同時上映の方が面白かったりするんだよねぇ〜。
「バックトゥザフューチャー2」と「トレマーズ」とかね(笑)。
横道に思い切りずれちゃったけど(苦笑)、そういう風に自分を省みて自分の考えとか傾向について考えてみる時の対抗する存在として、こういうエッセイを読んでみるというのもいいかもしれないよなぁ。
‥逆に「同一化」してしまう人もいるかもしれないけどね(苦笑)。

今はもう閉鎖されちゃったけど、村上朝日堂HPではこういう内容がやりとりされていたんだろうね。
当時はこれらの本を読んでいなかったので、HPへ行ってみてもいまいち楽しさが判らなくてあまり行ってなかったのですが。
今になってみると、あのHPに行って楽しみたいなと思う次第。
もう遅いけどね(苦笑)。
【2002年8月20日記】

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